大判例

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最高裁判所第二小法廷 平成4年(オ)1128号 判決 1995年11月10日

上告人

有限会社マジョリティ

右代表者代表取締役

木村君子

右訴訟代理人弁護士

伊藤誠一

被上告人

平山政男

右訴訟代理人弁護士

伊藤典男

伊藤倫文

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人伊藤誠一の上告理由について

譲渡担保権者は、担保権を実行して確定的に抵当不動産の所有権を取得しない限り、民法三七八条所定の滌除権者たる第三取得者には該当せず、抵当権を滌除することができないものと解するのが相当である。けだし、滌除は、抵当不動産を適宜に評価した金額を抵当権者に弁済することにより抵当権の消滅を要求する権限を抵当不動産の第三取得者に対して与え、抵当権者の把握する価値権と第三取得者の有する用益権との調整を図ることなどを目的とする制度であるが、抵当権者にとっては、抵当権実行時期の選択権を奪われ、増価による買受け及び保証の提供などの負担を伴うものであるところから、民法三七八条が滌除権者の範囲を「抵当不動産ニ付キ所有権、地上権又ハ永小作権ヲ取得シタル第三者」に限定していることにかんがみれば、右規定にいう滌除権者としての「所有権ヲ取得シタル第三者」とは、確定的に抵当不動産の所有権を取得した第三取得者に限られるものと解すべきである。そして、不動産について譲渡担保が設定された場合には、債権担保の目的を達するのに必要な範囲内においてのみ目的不動産の所有権移転の効力が生じるにすぎず、譲渡担保権者が目的不動産を確定的に自己の所有とするには、自己の債権額と目的不動産の価額との清算手続をすることを要し、他方、譲渡担保設定者は、譲渡担保権者が右の換価処分を完結するまでは、被担保債務を弁済して目的不動産を受け戻し、その完全な所有権を回復することができるのであるから(最高裁昭和五五年(オ)第一五三号同五七年一月二二日第二小法廷判決・民集三六巻一号九二頁、最高裁昭和五六年(オ)第一二〇九号同五七年九月二八日第三小法廷判決・裁判集民事一三七号二五五頁、最高裁平成元年(オ)第一三五一号同五年二月二六日第二小法廷判決・民集四七巻二号一六五三頁)、このような譲渡担保の趣旨及び効力にかんがみると、担保権を実行して右の清算手続を完了するに至らない譲渡担保権者は、いまだ確定的に目的不動産の所有権を取得した者ではなく、民法三七八条所定の滌除権者たる第三取得者ということができないからである。

これを本件についてみるに、原審が適法に確定した事実は、次のとおりである。(1) 上告人は、平成元年七月六日、柿島高司に対し、弁済期を同年一〇月五日として、少なくとも一〇〇〇万円を貸し付け(以下、右貸付けによる柿島の債務を「本件貸金債務」という。)、右両者間で、同年八月三〇日に弁済期を同年一二月三一日と変更する合意をした。(2) 田口浄は、平成元年七月六日、柿島の本件貸金債務を連帯保証するとともに、右債務の担保とする趣旨で、上告人との間で、田口の所有に係る第一審判決添付物件目録記載の土地及び建物(以下「本件不動産」という。)について譲渡担保契約を締結した。そして、上告人は、右契約に基づき、平成元年七月七日、本件不動産について、上告人への所有権移転登記を経由した。(3) 被上告人は、本件不動産につき、昭和六三年六月三〇日、極度額を五〇〇〇万円とする根抵当権(以下「本件根抵当権」という。)の設定登記を経由していた、(4) 上告人は、平成元年九月一四日に被上告人から本件根抵当権実行の通知を受けたので、同年一〇月四日、被上告人に対して本件根抵当権を三二〇〇万円で滌除する旨の通知をしたが(以下、上告人のした右滌除権の行使を「本件滌除権の行使」という。)、右の時点においては、本件貸金債務の弁済期が未到来であったため、譲渡担保権の実行に着手していなかった。(5) 上告人は、被上告人が右の通知を受けてから一箇月内に増価競売の請求をしなかったため、平成元年一一月一六日に滌除金額の三二〇〇万円を供託した。(6) 上告人は、平成三年六月七日に至り、田口に対し、本件不動産の所有権を確定的に上告人に帰属せしめる旨及び田口に対して支払うべき清算金はない旨を通知して、譲渡担保権を実行し、これにより本件不動産の所有権を確定的に取得した。

右の事実関係からすると、上告人は、本件滌除権の行使をした時点においては、いまだ確定的に本件不動産の所有権を取得していなかったことが明らかである。そうすると、上告人は、右の時点においては、本件根抵当権を滌除することのできる民法三七八条所定の第三取得者ではなかったから、上告人のした本件滌除権の行使はその効力を生じないものというべきである。したがって、右と同旨の見解に立ち、本件滌除権の行使が有効であることを前提として本件根抵当権設定登記の抹消登記手続を求める上告人の本訴請求を棄却すべきものとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。所論引用の各判例は、事案を異にし本件に適切でない。論旨は採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官根岸重治 裁判官大西勝也 裁判官河合伸一 裁判官福田博)

上告代理人伊藤誠一の上告理由

第一、原判決には判決に影響を及ぼすこと明らかな法令解釈の違背がある。

一、原判決は「上告人(控訴人)は、本件不動産について譲渡担保権を有していたにすぎず、被上告人(被控訴人)に滌除通知をなした平成元年一〇月四日当時、田口浄に対する上告人(控訴人)の債権の弁済期は未到来で、かつその実行手続もなされていなかったので、目的不動産の所有権者であると言えず、滌除権の行使は効力を生じなかったため、本訴請求は理由がないものと判断する。」は判示するが、右判示は譲渡担保の対外的効力についての最高裁判所の判例と相反する判断をし、民法第三七八条の解釈を誤ったものである。

二、最一小判昭和五六年二月一七日、民集三五巻九号一三二八頁は、「譲渡担保権者は特段の事情のない限り譲渡担保権者たる地位に基づいて、目的物件に対し譲渡担保設定者の一般債権者がした強制執行の排除を求めることができるものと解すべき」と判示し、更に最一小判昭和五八年二月二四日裁判集民事一三八号二二九頁も「譲渡担保権者は特段の事情のない限り、譲渡担保権者たる地位に基づいて、目的物件に対し譲渡担保設定者の一般債権者がした民事執行法第一二二条の規定による強制執行の排除を求めることができると解すべきである。」と判示し、更に譲渡担保権者と他の担保権者との関係についても、最三小判昭和六二年一一月一〇日民集四一巻八号一五五九頁は、「動産売買の先取特権の存在する動産が譲渡担保の目的である集合物の構成部分となった場合においては、債権者は右動産についても引渡を受けたものとして譲渡担保権を主張することができ、当該先取特権者が右先取特権に基づいて動産競売の申立をしたときは、特段の事情のない限り、民法三三三条所定の三取得者に該当するものとして、訴えをもって右動産競売の不許を求めることができる。」と判示している。右各判例は、譲渡担保の対外的効力について所有権移転の外形に効力を認め、譲渡担保権者に所有権者としての権利主張を肯定している。

三、不動産譲渡担保では、一応対外的には、所有権は担保権者に存し、その旨の登記もある以上、譲渡担保設定者の一般債権者がその不動産の所有権の帰属につき、これに反する主張をして、強制執行に着手することは許されないとする判例もある。

(高松高決昭和四七年六月一二日判例時報六七四号七八頁)

不動産譲渡担保については、通常売買を原因とする所有権移転登記をすることにより、登記の公示力により対外的には目的不動産と所有者として取扱われる強力な担保権と考えられ、滌除権行使もときとしてありうることを前提に信用枠が設定されている。

本件においても、被上告人の抵当権については、上告人において対処し、滌除権行使を予定していた。(甲第八号証)

不動産譲渡担保権者は確定的に所有権を取得した者でないとしても、対外的には停止条件付第三取得者というよりも、解除条件付第三取得者というべきものであり、競売実務においては、競売目的物の権利関係は登記の公示力を重視し、登記簿上の登記原因を基準として、画一的に処理しなければならないのであり、民法第三七八条の「抵当不動産につき所有権を取得したる第三者」に該当すると解すべきである。

四、上告人は被上告人の平成元年九月一四日付根抵当権実行通知を受け、滌除権を行使したものである。上告人・田口浄間の貸金債権は競売申立により期限の利益を喪失し、譲渡担保の実行段階に入ることが見込まれていた。

(甲第九号証第一七条、甲第一二号証第六条)

更に、被上告人は本件不動産につき、平成元年九月八日付で競売申立をしている(一審判決再抗弁事実)ので、既に右時点で田口浄は期限の利益を喪失し、本件譲渡担保は実行段階に入っていたとも言いうる。譲渡担保の実行段階に入ると、譲渡担保権者は目的不動産の処分権能を取得するのであり、右処分権能の前提あるいは一態様として上告人の滌除権行使は認められるべきである。

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